古鹿里地区の住民による過激なダム建設反対運動

水面下で進められていた肥淵ダムの建設計画が古鹿里地区の猛反発により大変な事態に陥り、それが平成の悲劇を生んだ。

肥淵ダムは南馬宿村と田見形村の2村が属する古鹿里地区の渓谷に建設される計画で、完成すると南馬宿村と田見形村の3分の2がダム湖に沈む事になる。古鹿里地区より下流に位置し、毎年のように牛口川が氾濫し水害が発生している田毅地区(宇寺川村と岩袋村)の流域住民らは、肥淵ダムの建設を歓迎していた。

ところが、ダム湖に沈むことになる古鹿里地区の住民らはその説明を受け猛反発、究極の過疎地で壮絶な紛争が始まった。

平成26年6月20日
南馬宿村と田見形村の住民350人が農薬や農具を持って田毅地区の盆踊り会場に押し寄せ、田毅地区の住民140人が負傷。

平成26年6月22日
田毅地区 宇寺川村の村長宅に南馬宿村の一団が握り飯持参で詰めかけ村長に暴行。

平成26年6月24日
田毅地区 岩袋村の村長の自宅が火災により全焼

平成26年6月29日
古鹿里地区の住民3,800人が集まり牛口川で指を切り流血、川は真っ赤に染まり、下流の田毅地区に強烈なメッセージを送る。

平成26年7月10日
田毅地区の分電盤・電話設備が破壊される。

平成26年7月11日
宇寺川村役場に田見形村の住民103人が押しかけ断食と座り込みを開始。

平成26年7月12日
古鹿里地区の青年団がダム建設反対組織糞慨“を結成。ポスターや筵旗(むしろ)を大量に制作し、田毅地区の住宅にポスターを貼り付けたり筵旗をくくりつける。

平成26年7月13日
ダム建設反対組織”糞慨”が、岩袋村の村長夫人を誘拐、レオタード姿にさせ古鹿里地区の集会所で600人を前にダンスをさせる。

平成26年7月18日
田毅地区は古鹿里地区の住人により完全に封鎖される。

平成26年7月20日
古鹿里地区住人の封鎖に抵抗した田毅地区の住人380人が農機具を持って古鹿里地区に押しかけるも、落とし穴や落石、農薬の噴射攻撃を受け返り討ちにあう。

平成26年7月23日
ダム建設反対組織”糞慨”のメンバーである南馬宿村在住の重敏の指示により牛口川に堰が緊急建設される。6時間に渡って堰により塞がれた牛口川は上流の豪雨により水かさが30倍になる。重敏の号令で堰が開放され、下流の田毅地区は鉄砲水により甚大な被害を被る。

平成26年7月24日
田毅地区に向かうレスキュー隊員の一団が林道で襲われ行方不明になる。

平成26年7月27日
田毅地区もダム建設に反対する意向を示し、肥淵ダムの建設計画は白紙に。

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